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「記録することを止めると成長も止まる」という言葉に共感。自分の考えの手助けとなるフレーズを引用して記録しています。更新は滞りますが、貴殿の毎日の一助となれば幸いです。
by budweiser_japan
メイド・イン・カッシーナ展 2009.4.24FRi.-6.7SUN. 森アーツセンターギャラリー 六本木ヒルズ森タワー52F
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僕にとって必要だったのは自分というものを確立する時間であり、経験であったんだ。
それは何もとくべつな経験である必要はないんだ。
それはごく普通の経験でかまわないんだ。
でもそれは自分のからだにしっかりとしみこんでいく経験でなくてはならないんだ。
学生だったころ、僕は何かを書きたかったけど、「何を」書いたらいいのかわからなかった。
何を書けばいいのかを発見するために、僕は七年という歳月とハードワークが必要だったんだよ、
たぶん。

村上春樹 「やがて哀しき外国語」より

# by budweiser_japan | 2012-12-31 00:00
2軍監督を9年も努めたあと、高田監督率いるヤクルトのヘッドコーチになって3年目。
2010年5月26日は地味なプロ野球人生を歩んでいた、小川淳司(53)の運命を変える日になった。

チームは9連敗で13勝22敗1分の借金19。
高田監督が休養し、監督代行になった。
「自分もヘッドコーチとしての責任を取る必要があると思ったのだけれど、
試合後に『明日も試合があっ。とりあえず指揮をとってくれ』と球団社長に言われたので」
と、まさに突然の要請だった。

いざ代行になって考えたことは
「負け続けるとみんなの考える方向がばらばらになる。まず一つの方向に向けたい」
翌日の試合前に「監督の休養で危機感を感じているはず。
その気持ちをみんな同じ方向に向けて目の前の試合に集中しよう」とナインに話した。
その試合は3-3の引き分け。
「10連敗はしたくない、という選手や自分達の必死な思いが引き分けを呼び、
間違いなく次の試合に繋がると感じた」
京セラドームに移った同29日のオリックス戦では3番の青木を1番に据えた。
「中軸も打てるが、どちらかと言えば自分の数字を追いかけるタイプ。
適正としては1番と思っていた。1番でがんがん打つことがチームの力になると思ったから」。
1番青木からの打線が爆発して、16安打11点の猛攻で連敗を脱出した。
得点力が極端に下がったチームに対しては「中軸が機能していない」と分析、
3番に飯原、5番に畠山を抜擢した。
前年に活躍した飯原はともかく、畠山は本職が一塁と三塁。
それを左翼で起用したのは他のチームも驚いた。

「とにかく得点力をあげることに集中して、守備は考えないことにした。
2軍では何回か外野を守ったことがあるので、経験がゼロではない。
それに、畠山は失敗するとそれを取り戻そうと頑張るタイプ。それに期待した」

6月14日からは不審のガイエル・デントナに代わるホワイトセルが合流したのが大きい。
4番としての仕事をある程度こなすことができたので、ようやく3-5番が固定した。
それからチーム成績はどんどん上がっていった。

終わってみれば、代行になってから59勝36敗3分の勝率6割2分1厘。これは優勝した
中日のシーズンを通した勝率を上回る。
謙虚で温厚な人柄もあって、ファンの支持もうなぎ登り。
9月20日には今季からの監督昇格が決まった。

「自分が挙げた成績だとは思っていない。選手が頑張ってくれた結果。
それにどん底に落ちたから取れた策もあった。
ヨーイドンで始まる今季は、最初から選手をとっかえひっかえはできない。
今季はこれでいくというメンバーを固定しなくてはならない。
そう思うと不安ばかりが先に立つ」と言う。

監督昇格を要請されたとき「僕でいいのか」と考えたほど、プロでは実績の無い小川だが、
実は高校、大学ではともに日本一の立役者となっている。

**中略**

プロ11年間で打率2割3分6厘、66本塁打に終わった現役時代、
小川淳司が一番印象に残っている試合は、野村克也監督の就任1年目だった
1990年4月28日、神宮球場での巨人一回戦だと言う。
相手が左腕の宮本和知だったので7番左翼で先発。
3点を追う8回、角富士夫の犠飛で1点を返してなお2死1塁の場面だ。

野村監督に呼ばれて「お前何年野球やっているんだ。山倉(捕手)の性格を考えろ」と言われた。
続いて「初球は真っ直ぐが来るが、後は変化球が来るからカーブを狙っていけ」。

その時、プロ入り9年目の32歳。
「監督の指示に逆らったら怒られるかな、なんて思っているうちに初球が真っ直ぐで、
後はカーブばかりで1ストライク3ボールになった。
このカウントでもカーブが来ると言われていたので、狙ったら少し下を叩いてファウルになった」

「次もカーブ」と決めて待っていたら、その通りで今度は芯に当たって、
打球は左翼スタンドへ同点2ランになった。
ベンチに帰ったら監督から「来ただろう」と言われた。
このときからというわけではないけれが野村監督には心酔した。

プロ入りから代理監督を含めて、武上、中西、土橋、関根と使えてきたが、
ミーティングでの監督の話をノートに記すようになったのは野村の時が初めてだった。
「その当時はあまり、よくは理解出来なかったけど、
指導者の立場になった今は、理解できる部分が大きい」

現役引退後もノートを読み直すこともあったが、現在はやっていない。
「聞いた話と似たような内容がみんな本になっている。本は何冊か読んだ。」
便利な世の中になったものだ。

最後の一年を日本ハムで過ごして、93年からヤクルトのスカウト、96年から
2軍守備走塁コーチを務めたが、そこでの生活も無駄ではなかった。
「いい選手は誰が見てもいい選手だけれど、
高校生レベルになると我々には欠点ばかり目に付く。
でもそれじゃ仕事にならない。
欠点を克服していくことは大切だが、
長所を伸ばしていくことが肝心だと勉強させられた。」

守備の弱点から見れば「誰も使わないはず」という畠山を打力優先で昨季に
5番も起用出来たのは、その経験を活かしたわけだ。

99年からの2軍監督9年は指導者としてもちろん財産である。
「この選手はこういう性格である、なんて言えないけれど、
こういう性格じゃないか、ぐらいは言える。」
気心を有る程度知ったナインに今季は「優勝するぞ」とアドバルーンを上げる。

「昨年はみんな「こんな大変な時期にこれだけやれた」と思っているはず。
その勢いを大事にしたい。自分は正直言って不安ばかりだが、
その不安を声に出したら突いてくる選手もついてこない。
選手は今季は行けると思っているはずだから、チーム一丸となって
そういう思いで行くことが非常に大切だと思う」
春季キャンぷ派まだ2日目。監督としてどんなチームを作っていくか、注目である。


2011年1月31日・2月2日 日経夕刊13面より
# by budweiser_japan | 2011-02-02 21:30 | career planning
交際とは所詮、「まずしい」ものだ、とある人がふっともらした。
当時すでに高齢の人だった。私はまだ若かった。


そうつぶやいた本人がどう見ても、個性が豊かな優すぎる程の人だったので、
私は聞いて首をかしげながら、何かにつけて、
自身の個性の奔放さに苦しめられてきた末の私などにはわかるわけもない、
生涯の逆説かと思って、その「まずしい」の意味も尋ねなかった。

そのうちに世にはやる個性という言葉に私は辟易するようになった。
個性を唱える程に没個性になっていく世の中である。
個性の喧伝の内にすでに、人を平たくおしなべていこうとする用意が
含まれているのではないかとまで疑われる。
それよりも、個別性という言葉を重く用いるべきだと思った。


人間の障害は大きな目で見れば、それぞれ大差もないものに違いない。
「生老病死の四苦」と仏教では言われるようだが、根本では同じ必然に支配される。
それでも、それぞれに個別の事情はある。
障害の事情もあれば、結果として、生涯のものとなった事情もある。
人生の必然の全体からすればわずかな構成だが、
そこから人それぞれの、他人とは取換えも取り交わしもならぬ苦は来る。
或いは喜びもそこに由来するのかもしれない。奪われるわけにはいかないものだ。

平安の昔、書写山に性空上人という人がいた。和泉式部が
「暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき はるかに照らせ 山の端の月」
と仰いだその人である。生涯、純真一途であった。
聖人を聖人とまず取らない事には説話は読めない。
この聖人、死期の近づいた頃、長年書き写し置いた経でも、
この際まとめて供養することを思い立って親しい僧侶を比叡山から招く。
さて、供養も済んで、僧侶に送った布施のうちに、紙に包んだ一寸ばかりの針があった。
僧侶が訝しがって尋ねると、これは自分が生まれた時に左の手に握っていた針だと聖人は答える。
これまで大事にとっておいたが、捨てるのも何だと思って、形見に差し上げることにしたという。
今はもう無用になったので、という心なのだろう。

僧侶は得心してその針を頂き、この話を聞かずに終わっていたなら、
聖人の一生はわからなかったところだった、と喜んで聖人と別れて山を降りると、
人が追いかけてきて聖人の死を告げたと言う。

生涯ひそかにしまっておいて、おそらく錆びた針を、ようやくの無用になったものとして、
捨てるのもなんだからと人に送る。そのさりげなさが尊い。
しかし、出生の事情にまつわるものらしく、一寸といえども針は針である。
聖人の生涯の苦であり、しかも純真一途の秘訣でもあった、と僧侶も取ったようだ。

個性とは所詮「まずしい」ものだ、
これもまた人をおしなべて支配する
生老病死の必然に比べれば、わずか一寸ばかりの、
いや一寸にも足りぬ個別の針のことを言ったものか。
これがために、人は苦しむだけでなく、時には、天まで昇る。
かと思えばたちまち、地の底のまで叩き墜とされる。
しかし、悔恨もあれば、寒いながらに自足もある言葉であったように、今からは聞こえる。

若い私に対しては、個性に誇れば、やがては「まずしく」なるぞという
戒めであったのかもしれない。

古井 由吉 さんのエッセイより
2010年7月27日 日経夕刊5面
# by budweiser_japan | 2011-02-02 12:00 | voice
できることなら、意表を突きたいし突かれたい。

年がら年中そんなこと思っているわけでは全くないけど、やっぱり誰かに向かって、
誰もが使える言葉を使って、誰かに読んでもらうための何かを書いているわけだから、
時々はそんなことを思うんである。


意表の突き方には、おそらくいろんな種類があって、
相手を突然に恐怖のどん底に落ち入れたいとか、何かトラウマになる程の
驚愕を与えたいとか、私はそういう意表を狙っているわけではなくて、
単にちょっとだけ、日常の雰囲気と角度がその瞬間ぐっと変わるような、
そんなやさしい方向の意表
なのだけど

いつだったか?年賀状シーズンの日本郵政のコマーシャルに、養老孟司 さんが出ていらして
「まぁ、物書きとしては、できるだけイラっとさせる文章、書きたいですよねえ」

みたいなことを真面目な顔でおっしゃってるのを聞いて、いいなあ、
と思ったの覚えている。

皆さんも突かれる意表で最もポピュラーなものは、何と言っても味覚における諸々であって、
例えば、「これはコーラである」と疑わず自信満々で飲んだのに、
飲み物の中身が実はココアだったとき、
一瞬自分の人生に何が起こったかわからなくなる--と書くと大げさだけど、
でも「これは、コーラではなく、ココアだ。びっくりした」と認識するまでに、
他では、お目にかかりない時間の流れを味わう事になり、普段はきゅっと束ねられている、
何か重要な装置がいったんバラバラに分解されて不安になる、
あれは何とも不思議な心地なのである。
それ程までに、我々は言語による認識に依存していて、
ちょっとでもそこにズレが生じると盛大にうろたえてしまうのである。


その好例としても一つ。
新開発された密閉容器で酸化を防ぎ、いつまでも新しい感じでお醤油をいただけるということで、
すごくヒットした「鮮度の一滴」という商品がある。
確かに、いつまでもサラサラとしていて、いつまでも美味しく、私は愛用しているんだけれども、
角度によっては思いがけずビジャッと飛び出てしまうことがあって、
これが非常にドキッとするのだ。
それというのも、パッケージに書かれた「一滴」という強力な文字のせいで、
「頼まなくても、一滴づつ出てくれるんだろうよ」と何の根拠もないのに、
そんな心つもりが出来上がっているためで、
視覚から自動に連れられてくる認識の無邪気さに、意表を突かれる場面は
こんなところにも現れる。


しかし、やっぱり自分は言葉の仕事をしているわけで、できることなら、
言葉で突いていたいし、突かれたい。
そんなわけで、日々精進してはいるつもりでいるけれど、この間、偶然耳にした台詞に、
それこそ意表を突かれて、二度見ならぬ三度見をしてしまったことがある。
エスカレーターで後ろに位置した高校生のカップルの男の子がこれから
何を食べようかと女の子に提案している。
女のコは気乗りしない感じと見てイマイチ明るい顔ではない。
何か別のものが食べたいのだろうか。ご飯じゃなくてケーキなのかな?
若い子ってそういう感じ?なんて思っていると、大きなため息をつきつつ女のコが放った一言。
「噛むのってだるくね?」。だ、だるくねっ?て。
そっちなのか。噛むのってもうだるいのか。
いよいよ始まったというべきか、来る所まで来たのかというべきか。

川上未映子さんのエッセイ
2011年 1/27日経夕刊7面より
# by budweiser_japan | 2011-01-31 12:30 | voice
<本文の要旨>
1:停滞する社会に求められるのは一筋の希望
2:希望が広がる一番の手段は雇用対策の充実
3:日本にはアニマルスピリットの回復が必要


最近何かと「幸福」が話題だ。
フランスのサルコジ大統領は、経済発展を目指す際にも、
幸福どうかを加味するべきだという報告書を2009年に出した。
英国のキャメロン首相も、国民の実感している幸福度を示す新指標の開発を検討中と言う。
そして「幸福」の反対である。「不幸」を最小にすることを標榜した菅内閣。
いずれにも、経済成長を追い求めるよりは、もっと内面的な心の充実を
目指そうという考えが見えかくれする。


果たして幸福追求という戦略は今後向かうべき新たな指針となるだろうか。
会社に例えて考えてみる。
売上高利益も好調が続き、給料もそれなりに払われている。
けれども、働いている社員に達成感や充実感が全くない。職場の雰囲気も悪い。
そんな時、業績が報酬だけでなく、社員の意識や感情に配慮し、
働く幸福感を高める取り組みは大切だ。
職場の雰囲気が暗くて業績もぱっとしない会社はあまたあるが、
職場が暗いのに、なぜか儲かり続ける会社はない。
社員の幸福を重んじることが結局は会社のメリットになる。


反対に会社が停滞のまっただ中にある時ならどうだろう。
経営陣が「これからは社員の幸福に注力する」と言って、社員の心に響くだろうか。
給料が増えない。雇用も不安だ。
そんな現実から目を背けさせる「逃げ」の方策にすぎないと、
社員に思われたら幸福への取り組みも失敗に終わるだろう。
政治でも会社でも幸福の標榜にはタイミングが重要になる。

「幸福」と似ているように見えるものが「希望」だ。
「希望」も「幸福」も、所詮は気持ち次第で同じようなものと考える人もいる。
しかし、「希望」と「幸福」は異なるものである。


今、幸福を感じているとする。
そんな時は必ずこのままの状態が続いて欲しいと思う。
「幸福」は維持・継続を求めるものだ。
一方「希望」は現在よりも、将来も良くなって欲しいとか、
未来はもっと素晴らしいと信じられる時に現れる。
「希望」は「変化」と密接な関係を持つ。
停滞する社会に求められるのは、良い方向に向かっていると確信できるなどの「希望」だ。


筆者は「希望」が社会に生まれる条件を探る「希望学」を提唱し研究を続けてきた。
全国の20代から50代を対象に行ったアンケート調査では、3人に1人は
「希望がない」もしくは「希望はあるが実現しそうにない」と感じていた。
反対に苦しい現実の中でも、希望持っている人の特徴も明らかになった。
詳細は拙書「希望の作り方」で紹介したが、
以下では、多くの人が将来に希望を持つためのヒントを記してみたい。

そもそも「希望」とは何なのだろう。
「希望学」では外国の研究者とも意見を交えながら希望(HOPE)を
「A WISH FOR SOMETHING TO COME TRUE BY ACTION」と考えた。
希望は、
1:気持ち(WISH)
2:何か(SOMETHING)
3:実現(COME TRUE)
4:行動(ACTION)
という4本の柱から成り立つ。
「希望」が持てない状況では、4本柱のいずれかが見失われている。
そして個人の希望に「お互いに」(EACH OTHER)といえる他者との関わりが加わる時、
社会に共有された希望へと繋がっていく。


日本人に「あなたの希望はなんですか?」と尋ねると、
「もっと良い仕事がしたい」とか、「自分らしく働きたい」など仕事にまつわる希望を語ることが多い。
希望が持てない人の特徴を調べると、仕事に恵まれない場合や、
それにともない収入の貧しい場合も目立つ。
「希望」が社会に広がるための一番の手段は紛れもなく雇用対策の充実である。
では今後どのような雇用対策が求められるのだろうか。

総務省統計局労働力調査を見ると、医療福祉分野で確実に就業は拡大している。
2010年10月時点で670人まで増えた。
健康面で不安を抱えてる人ほど希望を持ちにくい傾向もあることから、
この分野の一層の成長は希望拡大にとっても不可欠である。

そんなに見逃さないのが、「専門サービス業」及び「その他の製造業」などでの、雇用創出の兆しである。
国内雇用で今後希望が持てるのは、
「専門性に裏打ちされたサービス」と
「従来の枠組みを超える柔軟性思ったものづくり」の分野だろう。
さらには教育機会に恵まれてきた人ほど、希望持ちやすいといった特徴も見られる。
2009年には4年制大学への進学率が初めて50%を超えた。
しかし、経済的理由から教育機会が十分に確保されていない人々も依然少なくない。
苦しい状況を打開するのに大切なのは、昔も今も変わらず「勉強すること」である。
加えて、「希望学」で明らかになったのは、友達が少ないと思っていたり、
孤独を感じている人ほど希望を持ちにくいということであった。


昨年は「無縁社会」が話題になったが、自殺・孤独死・ひきこもり・ニート等、
日本人の孤独化現象は深刻さを増している。
人と人との繋がりがさらに薄れていくとすれば、希望はますます遠のいていく。
人間関係を一気に回復する方法が一つだけ存在する。
それは共通の敵を仕立て上げることだ。
みんな敵を倒すことを目的とすれば、一体感はすぐに産まれるであろう。
しかしそれはスポーツなどを除けば、社会が選んではいけない禁じ手である。

だとすればこのことを防ぐには、孤立した人を社会に結びつける
広い意味でのビジネスが地道に成長していくしか手はない。
人の気持ちや行動に寄り添い適度に上手なおせっかいができる。
そんな高度な専門性を持った人材を政策的に養成していくべきである。
そのためにもNPO、社会的起業、地域活動や芸術振興など、
人をつなぐビジネスを担う人々は今後の日本の希望の星である。

希望学では多数のインタビュー調査も行った。
希望について語る時、多くが期せずして用いる言葉があった。
それは「物語」という言葉である。
挫折を経験し乗り越えてきた人や、
「いろいろあったけど結局無駄なことなど何もなかった」と言える人ほど「希望」を
持っていることが多い。
希望は前向きな目標というだけでなく、経験による学習を踏まえて進む人生のダイナミズムである。
そんな試行錯誤のドラマをあえて生きるという決意が、「希望」と「物語」を結びつける。


経済学では「物語」という言葉で分析することは少ない。
その貴重な例外がカリフォルニア大学マカロフ教授と、エール大学シラー教授の
共著「アニマルスピリット」にある。
彼らは人間の「アニマルスピリット」を考察する柱の一つとして、物語に着目する。
投資を左右する長期的期待の核心であり、ケインズが
「雇用、利子および貨幣の一般理論」で「不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動」と
記した「アニマルスピリット」。それは経済を動かす原動力だ。

日本から「希望」が失われたと言われて久しいが、
同時にそれはアニマルスピリットの喪失を意味した。
バブル経済崩壊後の散々な失敗や、中国・韓国等の台頭に萎縮し、
諦めムードが社会に蔓延している。
かつて囁かれた、「勝ち組・負け組」という言葉もすっかり聞かなくなった。
満ちているのは「みんな負け組」という鬱々とした気分だ。
そんな中、自分から何かを衝動的にやるよりは、
誰かがわかりやすい解決策を与えてくれるのを待つ依存的な状況も強まっている。

今、必要なのは、目先の計算だけにとらわれないアリマルスピリットの回復と、
フリーランチ(ただ食い)をいまだに期待する依存体質からの脱却である。


「希望学」の調査の中で、数々の困難を乗り越えてきた岩手県釜石市のある経営者はつぶやいた。
「棚ぼたはないよ。動いてももがいているうちに、何かにつき当たる」
希望という物語は与えられるものではない。自分たちの力で紡いでいくものである。
今こそケインズの語ったアニマルスピリットの意味をもう一度見つめ直すときである。

玄田 有史 東大教授の文章より
2011年1月7日 日経朝刊25面より
# by budweiser_japan | 2011-01-30 17:15 | power of working
「日本人の清潔が危ない」
「綺麗すぎる社会がアレルギー体質を作った」

藤田氏が警鐘を鳴らし始めてから10年以上の歳月が経つ。
東京都台東区のビルの一室にある研究室で静かに語り始める。

当初は関係する学会でも私の理論はほとんど評価されなかったが、
最近は変化の兆しが見られる。私の主張に理解を示してくれる人も増えてきた。
幼稚園でも、小さな子泥んこになって遊ばせるところが人気を集めるという現象も見られる。
ただ、それもまだまだ。
清潔志向が行き過ぎて、「人間らしからぬ人間」が増えてきたような気がするし、
寄生虫や細菌についての、非常識がまだ常識になっている。


幅広い年齢層に一段と広がる、「行き過ぎた清潔志向」に藤田氏は警鐘を鳴らす。

若者の中には、自分の汗の臭いを消そうという消臭症の人が増えている。
同じような傾向は中高年にも見られる。
しょっちゅう歯を磨いていないと気が済まない人や、
温泉地の旅館やホテルで泊まるのに大浴場に入りたがらない人も出ている。
虫を体から追い出した日本人は、次に自分たちの体を守ってくれるはずの
「共生菌」までも排除し、次に「臭い」までも排除しようとしている。
人間として綺麗にすることはいいことだが、それも行きすぎると問題。
例えば石鹸で手を毎日ゴシゴシ洗い続けていると
次第に皮膚から常在菌がなくなり、皮膚の抵抗力が弱くなる。


寄生虫や細菌との関わりの原点は、
インドネシアでの熱帯病の研究地チームに参加したのが契機。
学生時代の先生の勧めで現地の子供たちの感染状況等の調査に加わる。
ところが、衛生状態が日本より悪い環境で暮らす子供たちには花粉症や
アトピーの症状が見られず、とても綺麗なもの。
調べてみると、ほとんどの子供に回虫がいたのだ。
当時、日本では花粉症やアトピー等アレルギー症状が注目され始めていた。
回虫や腸内細菌がアレルギーを抑えるではないかという疑問が、研究心を刺激した。

戦後の日本でも国内の約60%が寄生虫を持っていた。
しかし、米軍の要請を受けて駆除進めた結果、寄生虫を持つ人が大幅に減った。
この時期と花粉症等の広がりが始まった時が軌を一にする。
そこで、日本人の細菌等への抵抗が弱まった原因の一つは、
体内の虫や腸内殺菌を徹底して洗い流したことにあるのではないか
という考えを強めた。

典型的な循環社会と言われた江戸時代から使われてきた、
日本人の綺麗好きは、明治時代の衛生思想、戦後の寄生虫対策などをを契機に、
一段と強まってきたのではないか?
清潔志向を一層強める推進力の一つが、「きれいビジネス」の広がり。
「きれい」がビジネスになるということで、抗菌や消臭を売りにした商品が
盛んに宣伝されるようになった。
トイレや部屋の消臭剤や、ゴキブリや家の殺虫剤等が日常生活で使われ出した。

加えて食生活の変化も見逃せない。
腸内細菌は免疫を作り、自然治癒力の源泉にもなっている大事なもの。
それなのに、日本人の体内では減っている。
それは大地で育つ野菜や果実の摂取量が減る一方で、
防腐剤や添加物入りの食べ物等を、沢山食べていることも関係がある。


「良い、悪い」をすぐ類型化しうがちな日本の清潔志向。
これが社会の多様性を否定しことがあるものを排除することに繋がる恐れがあることを
藤田氏は危惧している。


人間は本来、汗をかきにおいを持つ動物なのに、汗は汚いという発想から
汗をかきたがらず、臭いや息使いまで消そうとする。
臭いを出すと周りにどうかできず、目立つ存在になると考えるから。
特定のにおいを持つ人を非難することは排除の論理にの他にならない
最近は、加齢臭という言葉もよく聞く。
誰にもある体臭を過剰に意識するようになると汗もかけなくなる。
自分のにおいを消すことは、「個」を消すことにもなる。
学校や企業でも、みんなの均質化して個性がなくなると
社会全体の免疫力が低下する恐れがある。


良い菌と悪い菌、善玉と悪玉のコレステロールというようにと
とかく、善悪の別をはっきりさせたがる細菌の風潮も危惧する。

今の日本では「良い・悪い」を峻別し、悪と決め付けると徹底的にいじめる傾向がある。
しかし、いろいろな人間がいて成り立つのが社会。
効率優先になるといわゆる優秀、役に立つと言われる人だけが大事にされるようになる。
最近は企業等から公演を頼まれる機会も増えたが、
「みんなの生きる力を呼び起こすべき」
「異なるものを排する会社や組織にはなって欲しくない」ということを強調している。
異なる者を排除し、自分が出す汗や臭いまでをも、
消そうという傾向は人間らしくない理性を失った行動をしたり、
精神的な面を含めて生き物としての生命力が低下したりすることにも繋がって行く。
日本では感性の衰弱が叫ばれているが、それも超清潔志向と関連していると思う。



感染免疫学者。東京医科歯科大学名誉教授 藤田紘一郎氏のインタビュー
2011年1月29日 日経夕刊5面の記事から
# by budweiser_japan | 2011-01-29 21:30 | voice
今年も新成人の人口は過去最小を更新した。
世界で最も拝亜ペースで進む日本の少子高齢化が、
深刻な問題として取り上げられるようになって久しい。

私は少子化の解消は必要として、この事態を悲観するだけではなく前向きに捉えたい。
日本には世界2位のGDPを支えてきた科学や技術の蓄積がある。
<奇しくも、来年度のGDPは中国に抜かされるという報道と同じタイミング>
その力で「高齢化先進国」を目指してはどうだろう。
やがて少子高齢化は政界共通の課題となるはずだ。
そのとき日本人は手本となり、理想的な高齢化社会を実現した先進記憶として
様々な知恵やノウハウを提供するのだ。

テーマに「ぼけない高齢化」を想定される。
その重要なヒントをくれるのが芸術家だ。
私が理事長を務める公益財団法人日本交通文化協会で、パブリック・アートの
仕事を通じ多くの芸術家とお付き合いをしてきたが、皆さん、年齢を重ねても
創作活動を続けている。
尊敬する日本画家・片岡球子先生は、100歳を数えても更新を指導し、
創作意欲を燃やし続けた。

芸術家が年老いても活躍できるのはなぜだろう?
美のイデアを追求して創造を続けてるから芸術家の脳は衰えにくいのではないか。
新しい物事に強い興味を持って脳を働かせていれば、
何歳になっても脳は進化するのではないか。
私はそう考察する。


常に創造し続けることだと思う。
それは芸術家ではない私達にも出来る。
例えば向上心を持って囲碁を打つのも良いだろうし、
ビジネスでも新しい領域に挑んでいれば、脳はフル回転で働くだろう。

パブロ・ピカソは「明日描く絵が一番素晴らしい」と言った。
明日打つ碁が、創るビジネスモデルが一番素晴らしい。
いつもそういう気持ちでいたいと思う。


2011年1月20日 日経夕刊
ぐるなび会長 滝 久雄さんの文章より
# by budweiser_japan | 2011-01-23 17:00 | power of working
どうして母親を「おふくろ」などと言うのだろう?
辞書には、「親しい相手に対して自分の母親を指して言うときの称」
(新明解国語辞典)とあるだけで、やはりよくわからない。

私は勝手に、袋の生みの親だから「御袋」だと考えている。
人体は首が穂染まったり手足や指や正規に分岐したりして珍妙ではあれ、
全体として一個の袋である。
その中に心臓や胃袋といった、様々な形の小袋が収まっている。

幼い頃はヨダレをたらしたり、お漏らしをする。
袋がまだ完全ではなく、中身が漏れ出してくるからだ。

20代から30代前半が袋の最盛期であって、張り、色艶、伸び具合も上々。
ところが40を過ぎると腹部がやたらに出っ張ったり、胸にたるみが出てくる。
お琴はサウナやマッサージに、女性はエステに通いだす。
要するに袋が劣化し始めたので、引っ張ったり、ほぐしたり、撫で付けたりするわけだ。
シワのついた紙袋を再利用するときの手続きとよく似ている。

肩や指先にバンソーコー状のものを貼り付けるようになるが、
破れかけた紙袋をテープで修繕するのと同じこと。
さらに劣化が進むと幼児の様にヨダレを垂らしたり、お漏らしをする。
トシを取ると、ちょっとしたことにも涙ぐんだりするが、
隙間から水が漏れたまでである。

上司と言うしシワシワ袋に叱られたからといって、しょげるまでもない。
そして袋の行く末は日常の処置と同じがいい。

紙袋は用済みになると、丸めて屑篭へ放り込む。
まさにそのように死を処理するのが、人体という袋本来の姿ではないだろうか。


2011年 1月10日 日経夕刊
エッセイスト 池内紀さんの文章より
# by budweiser_japan | 2011-01-23 16:30 | power of working
ときどき「村上さんはどういう読者を設定して、連載エッセイを書いているのですか?」
と尋ねられる。そう言われてもわりに困る。
というのは「アンアン」の中心読者は二十代の女性ということなんだけど、
僕は二十代の女性がどんな人たちなのか、何をどう考えているのか、
具体的な知識をほとんど持ち合わせていないからだ。
僕のまわりのアシスタントや編集者の女性たちも、若くてせいぜい(失礼)三十代だ。

そんなわけで、読者を想定しようにもやりようがない。
だから面倒なことは抜きにして、とにかく自分の書きたいことをしているみたいだけど、
ほかにやりようがないもので。すみません。

でも逆に僕にしてみれば、読者を設定することを最初から放棄しているぶん、
素直に自然に文章を書くことが出来るみたいだ。
「こういうことを書かなくては」という枠が無いから、のびのび手足を伸ばせる。
まぁそれが僕がこのように「アンアン」で連載をすることになった理由の
ひとつでもあるんだけど。

おにぎりで言えば、お米を選んで注意深く炊き上げ、力をこめてぎゅっと堅く握る。
そういう風に作られたおにぎりは、だれが食べてもおいしいですよね。
文章も同じで、それがしっかり「握られ」ていれば、性差や年齢差を超えて、
そこにある気持ちは割りにすんなり伝わっていくものではないかと、
まぁ楽観的に考えています。間違っていたら申し訳ないけど。

僕自身の二十代はかなりどたばたした忙しいものだった。
普通のヒトは学校を卒業し、就職をし、それから結婚するものだけど、

※:僕もそうです。
僕の場合はまったく逆で、結婚してから仕事を始め、そのあとで大学を卒業した。
むちゃくちゃと言えば、むちゃくちゃなんだけど、
結果としてそういう順番になってしまったんだからしょうがない
ピアノの発表会じゃあるまいし、「すみません。間違えました」と言って、
もう一回あたまからやり直すわけにもいかない。

そんなわけでよくわけがわからないうちに、僕の二十代はあたふたと過ぎ去ってしまった。
それはこっちのドアを開けて入ってきて、そのままあっちのドアから出て行ってしまった。
その十年間で覚えていることといえば、毎日良く働いていたこと、
常に借金に追われていたこと、たくさんの猫を飼ったこと、それくらいだ。
そのほかのことはほぼ記憶にない。
立ち止まってものをじっくり考えるような時間の余裕も無かった。
自分が幸福なのか幸福でないのか、そんな疑問すら頭に浮かばなかった。

だから世代とは関係なく、世間一般のヒトにとっての二十台がどのようなものなのか、
僕にはうまくイメージがつかめないでいる。
それは楽しい青春の延長線上にあるものなのだろうか、それとも自分を社会に
適合させていくための苦々しい家庭に過ぎないなのだろうか?
それとも「世間一般」なんてものはそもそもそこには存在しないのだろうか?

あなたの二十代はどんなものなのでしょう?
あるいはどんなものだったでしょう?
それは正直なところ、僕にとってはけっこう真剣に知りたい問題なのです。


※大学に出て、がむしゃらに前進した時間だった。
ヒトよりも遅れて大学を卒業したので、コンプレックスもあったし、
その分余計にがんばらないといけないなぁ、という思いもあった。
大学時代のちっぽけな学生気取りの成功体験に縛られて、
数え切れない上手く行かない経験と、数回の上手く行った経験。
そんな中で、常に渦に巻き込まれて、モチベーションを吸い取られるのは
向かないことが分かったのが収穫です。
二十代を終えての感想は「これからも努力し続けないといけないなぁ」ということ。
他人と競争しても始まらないけれど、昨日の自分と比較して
「成長」を感じられる毎日を過ごしたいと思うし、そうしないといけないと感じている。


原文は、anan連載の「村上ラジオ」93回~こっちのドアから入ってきて~より
# by budweiser_japan | 2011-01-19 22:00 | voice
私達は毎日、「昨日より良く」ならねばならないのか?
私達は、そんなに頑張り続けなければいけないのか?
効率や成長、成功。
今より前へ。此処では無い何処かへ進む毎日。
そんな共同幻想の先にあった世界は、
「勝ち」とか「負け」とかの価値観だけを積み重ね続けて
今日も知らん顔をしている。

京都のとある門前の参道にあるあぶり餅のお店では、
開店前にお店の従業員がせっせと手で餅をちぎって、
不ぞろいな竹の串に刺してた。
古い暖簾を揺らす秋の風。
炭火で焼かれる餅の香ばしい匂い。
1000年前から続く、朝の風景。

餅を焼く人が代わっても、タレを作る人が代わっても、
そこで引き継がれていく、変わらない何か。
変わらないでいることを肯定する、当たり前の暮らし。

そんな風に何かを受け継いでいくこと、
例えば「心」とか「想い」とか「伝統」とか。
続いていく私達の日常の中で、目に見えない「時間の流れ」を感じること。
最新とか、最旬とか、流行ではないもの
もっと別の「想い」の交換によって、
誰かの日常のシナリオを変えるきっかけを伝えられる。

「変わらないことを大切にする」
「しなやかに変わりながら、大切なものを守る」
日常の隣には、まだ我々の知らない沢山の「日常」が存在する。
それはとても心強いことである。


<Oz magazine の文章がモチーフ>
# by budweiser_japan | 2011-01-16 22:45 | voice
なぜこの企業が上位なのか?
どうしてあの会社の名前が見当たらないのか?
就職先の人気ランキングに首をかしげる社会人は少なくあるまい。
商社や銀行が上位を占める調査もあれば、旅行や化粧品の会社が優位の
アンケート結果もある。

就職活動中の大学生の皆さんに助言しよう。
ランキングなど気にしなくてよい。
調査会社によって結果は異なる。
しかも就職前に抱く会社のイメージと実際に企業社会に出てからの
体感には大きな違いがある。就職案内やデータに映る虚像を見破り、
社長の言葉や社員の表情から、企業の素顔に迫って欲しい。

米国グーグルのシュミット会長が示した人材活用「10の黄金律」に
「悪魔になるな」という一項目がある。
人間は自分の見方に溺れがちだが、異なる意見に耳を傾け
他者を尊重する環境こそ大事。
組織の長は専制的に判断を下す前に、常に様々な視点を集めるべきだ。
組織をイエスマンだらけにしてはならない。


当たり前のような話だが、黄金律を実践出来る企業はそう多くはない。
個性を伸ばし、より大きな力に高めるために必要なのは、経営者の構想力と組織の包容力だろう。
人気や知名度ではなく、自分がいきいきと働ける職場を自分の目で見つけられるか。
そんな独自の眼力がある人材を、企業側もまた求めている。

2011年1月14日 日経新聞朝刊「春秋」より

====================================

※参考※
<グーグルの10の黄金律>
B3 ANNEXさんのブログを参考にさせていただきました。

「採用は委員会方式で」
グーグルで採用面接を受ける人は全て、少なくとも6人以上の管理者あるいは将来の同僚との面接を行う。
全ての人々の意見が大切であり、このことで採用のプロセスがより公平になり、採用基準の向上にも繋がる。
もちろん、それだけ時間がかかることになるが、その価値はあると思っている。
素晴らしい人材を雇い、その人を次なる採用のプロセスに集中的に組み込むと、
更に素晴らしい人材を雇うことに繋がる。

「必要なものは全てを供給せよ」
私たちは、標準的な(有給休暇、健康保険等の)付加給付を提供しているが、それに加えて、
ファーストクラスな食事施設、ジム、洗濯室、マッサージ室、床屋、洗車設備、
クリーニング、通勤用バスなど、ハードワーカーなエンジニアなら、
欲しいであろうものを殆ど全て提供している。
結局、プログラマーはプログラムを書きたいのであって、洗濯物を洗濯したいわけではないのだ。

「一カ所に詰め込め」
グーグルにおけるほとんど全てののプロジェクトは、チームプロジェクトであり、
チームというものは、コミュニケーションをとる必要がある。
コミュニケーションを円滑にするもっとも良い方法は、チームメンバーをお互いに
数フィートの間隔においてしまうことだ。
結果的に、グーグルのほぼ全ての人々がオフィスを共有することになる。

「協力を容易にする環境を作り出せ」
全てのチームメンバーがお互いの数フィートという近くにいるため、
プロジェクトを調整することは比較的容易である。
物理的に近くにいることに加え、グーグル社員は、週に一度、先週1週間に
何をしたかを説明したメモを自分のワークグループにメールで送ることになっている。
これによって、簡単に、誰が何に取り組んでいるかがわかり、
進捗管理や、ワークフローをシンクロさせることが容易になる。

「自社製品を自分でも使え」
グーグル社員は、会社のツールを徹底的に使う。ウエブはもちろん、
全てのプロジェクトやタスクについての社内向けウエブを使う。
全ては、インデックスされており、必要に応じてプロジェクト参加者が利用出来るようになっている。
GMailの成功は、ひとつには、社内で何ヶ月もサンプルテストされていたことにある。
社内でのメール使用は、極めてクリティカルな活動であり、GMailは結果的に、
もっとも厳しい要求を突きつけるグーグル社のナレッジワーカーを満足させるべく
改善されていったのである。

「クリエイティビティを奨励せよ」
グーグルのエンジニアは、自分の就業時間の20%を自分の好きなプロジェクトに費やすことができる。
私達の秘密というほどではない、もう一つの秘密兵器は、社内のアイディアメーリングリストである。
この会社横断的なサジェッション箱には、駐車場の手順から、
次のキラーアプリのアイディアまで様々なアイディアを投稿できる。

「コンセンサスに至るように努めよ」
グーグルでは唯一判断を下す者を英雄視するのではなく、「多数は少数より賢い」というスタンスに立つ。
どんな判断を下そうとも、その前に広い視点をつねに求める。
グーグルでは、マネージャの役割は専制的に決断を下すのではなく、様々な視点を集めることにある。

「"悪魔"になることなかれ」
このグーグルのスローガンについては、色々書かれてきたが、私達は本気でこれを実践しようとしている。
特に、マネージメント層ではそうである。
どこの組織でもそうだが、人々は自分の物の見方というものに熱狂しがちである。
しかし、ほかのよく知られたハイテク企業のマネージメントスタイルとは違って、
グーグルでは誰も椅子を投げない。
寛容とリスペクトが育まれる環境を作りあげたいのであって、イエスマンだらけにしたいわけではない。

「データが判断をもたらす」
グーグルでは、ほとんどの判断というのは、量的分析に基づいている。
私達はインターネット上の情報だけでなく、社内の情報をも管理するシステムを作り上げている。
私達は多くのアナリストを抱えており、彼らが業績を解析し、トレンドを描くことで、
会社を可能な限りアップトゥデートに保つことができる。

「効果的にコミュニケーションを取ること」
毎週金曜日、全社員参加の会を設けている。
ここでは発表が行われたり、紹介や質疑応答なども行われる。
こうしたことにより、マネジメントサイドがナレッジワーカーがいま何を考えているかが分り、
逆もまた然りである。
# by budweiser_japan | 2011-01-15 00:15 | power of working
近年まれに見るクレーマーを見た。
それは百貨店に入っている、何もそこまで・・・と思わず言ってしま痛くなるほどに
モダンすぎる品揃えのインテリアショップでのことだったのだけれど、
ちょっとした用事が有ったので、ゆるめのアポイントを取って出かけていった。
そしたら相談事などをする大きなテーブルには、三十代後半から四十代初めといった感じの
男性が上座に座り、スーツ姿の男性と三人の店員の「恐縮です」という言葉が文字として
見えるほどに気の毒に丸まった背中が見え、何度も何度も頭を下げているのであった。

見えないようにしていても、他の家具なんかと一緒の場所にその相談テーブルがあるし、
声だってがんがん聞こえてくる。ちらほらといたお客も途端にいなくなり、
店内にはクレーマーと私だけ、みたいな雰囲気になり、しかしこちらも
今日済ませておかなければならない用事があるので辛抱強く待っていた。
クレームの内容の詳しいことは良く分からないが、とにかくその男性が何度も何度も
同じことを繰り返しているということだけは分かり、セカンドポーチをテーブルにごんと置いて
感情を強調し
「お!何なら現金置いていってやってもいいんだよ、おうおう、30万くらい、
はっ!それもおもしれえな!おい!」
とか言ってこれ以上はないと思われる最上級の辟易顔をして待っているお連れの女性に
「現金あるだけ出せ!」とか言って、何がなんだかである。
店側に何か致命的なミスがあったのかもしれないし、事情も知らないのであれだけど、
何があったらこんなに長時間くどくどと、頭を下げている相手に向かって怒りを持続させられるのか、
そしてこのあと何を提案されれば、彼が溜飲を下げて手打ちにするのか、
いやもうこのまま泊まっていくんじゃないのか、ベッドもあるし、などと感心し、
わたしにも予定があるので早く終えてくれとじっと見ていたら、私にも飛び火しそうな始末。

思えばクレームというのはあるポイントを過ぎてからはおそらくストレス発散なのだよなぁ。
怒るというのは自分が正しいという前提なくしては成立しない。
その自信が怒りを過剰に駆り立て目の前でそれを全面的に受け入れて平身低頭に
感謝してくれる相手はそのときもはや個人でもなく組織でもない何か別なものになっていて、
(陳謝するほうもむろん個人としての責任で対処しているわけではないけれど)、
その相手の見えなさが、さらに興奮を苛立たせて助長して引き際を分からなくさせるのだろう。
そしてその分からなさに、普段から感じている鬱憤という名の分からなさ、みたいなものが
一致団結してここぞとばかりに披露されるのではないだろうか。


謝るしか手立てが無い相手は基本的には壁みたいなものなのだから、
基本的には何をやっているのか訳が分からなくなるもなるだろう。
「上の人間を連れて来い」。
こういう場合の常套句、気持ちはとてもよく分かるが
それで結局どうなるかと言えばこれも少々謎だしね。
マテリアルな取引を成立させるには都合はよいがそれだったら逆に話は早いし、
そんなに時間が掛からない。つまり目の前の彼は「俺はこんなに怒っているのだぞ!」
と言う表明をしているのであって、なんとシンプルなエネルギーだろう・・・!

といっそ感嘆しながら待ってみたが、終わらなかった。

川上未映子氏のコラムより
1月13日 日経夕刊7面





# by budweiser_japan | 2011-01-14 13:12 | stress coping
最近インタビューで、本田圭祐選手が「個」の必要性を説くシーンを目にする。
日本の競争力低下が叫ばれて久しいが、一人一人が競争力を持てば、
必然的に競争力を持つ組織になるのではと思う。
組織力はかねてからの日本の強みだが、「個人力」の更なる向上が
現在求められているのでは?と思う。
この記事は昨年の4月に掲載されたが、マリナーズは最下位に沈んだ。
個の力だけでも駄目だし、組織だけの力に依存しても上手く行かない。
ただ言えるのは弱い「個」から強い「集団」は生まれないということだろう。


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リーダーシップの良く知られた理論に「状況型リーダーシップ」というものがある。
行動科学の研究者、P・ハーシー、K・ブランチャード両博士は部下の習熟度に合わせ、
状況下に応じたリーダーシップが必要と説く。

習熟度は4つに分類される。簡単に記せば、
1:技術力は低いがやる気はある。
2:やる気に欠けるが、ある程度の技術力がある
3:技術力は高いが、自信がない
4:経験も技術も有り、やる気もある
ということになる。それぞれに適応するリーダーシップスタイルは、
1:指示
2:コーチング
3:サポート
4:権限委譲
となるそうだ。

説明が長くなったが、昨年の終盤から今年のきゃんぷ序盤にかけて、
イチローのリーダーシップに疑問の声が上がった。
WBCを終え、マリナーズに合流したイチローはいきなり地元記者から
リーダーシップに関する質問を受ける。そこで彼は
「このメジャーのレベルで(チームリーダーが必要なのか)?」
と答えたそうだ。

冒頭の理論を利用すれば、大リーガーなら全員が「4」の域に達していて当然、
というのがイチローの考え方である。
よって、大切なのは個々の意識であり、リーダーとして助言する必要など無い、
と言う立場をイチローは取っている。
知ってか知らないでか、イチローの行動は理論に則している。

ただ、大リーガーだからといって全員が「4」に帰属するかどうかが問題。
むしろ、そうでないからこそ、イチローに何かを求め、
その反応に納得がいかないがゆえに、不満も出たのであろう。
イチローはその点を読み誤ったか、分かっていて敢えて突き放したか。

おそらくチームメイトやメディアが求めたのは、声を出してチームを先導し、
演説などによって選手の士気を高めるようなリーダーシップスタイル。
だがそういう形はもう古いものとされ、イチローも先日「必要ない」と名言。

それよりも必要なのは、選手一人一人の「向上心」であると話した。
「それがあれば、チームはいくらでも可能性を見出せる」と。

そこからは昨季のチームにその意識が欠け、彼らがビジネス界で主に用いられる、
危機的状況に鈍感な「ゆでられた蛙」だったことが伺えるが、
そんなイチローの間接的な言葉は、チームメイトの心に響くだろうか?
それは今季のマリナーズの行方にも繋がりそうだ。

丹羽政善氏 2010年4月9日 日経新聞朝刊17面より
# by budweiser_japan | 2011-01-13 21:00 | power of working
大学2年生のゼミで「小倉百人一首」を読んでいる。
戦前までの日本文学や演劇を理解するためには「小倉百人一首」の
素養が不可欠だと考えるようになったからだが、
先日「あしびきの」「しろたへの」のいった枕詞の説明をしているときに、ふと思いついたことがある。

それは枕詞というのは、万葉時代に和歌の応酬を口頭で行っているときに
生まれた「時間稼ぎ」「場もたせ」の表現ではないかということだ。
つまり、コレと言った明確なイメージは浮かんでこないので、
差当たり「あしびきの」とか「しろたへの」といった意味の無い枕詞を並べておき、
その間に頭の中で言葉やイメージを組み立てて、「山鳥の尾の」とか「ころもほすてふ」と続ける。
つまり意味論的には「あのー」とか「えーと」に等しいわけだが、
それでいて、形式的には立派な和歌的表現として認められてるというまことに重宝な手法であったのだ。

万葉の時代が終わって、古今、新古今の時代になり、和歌が口頭の応酬でなくなると、
枕詞も消えると言う事実はなによりも、「時間稼ぎ」「場持たせ」説の裏づけになってはいないだろうか。

では、なぜこんな枕詞の説明を思いついたかと言うと、それは大学院時代に
語学の天才といわれた畏友のY君から聞いた会話上達法の記憶があったからだ。
Y君曰く「日本語の会話を速記活字にしてみると分かるのだけれど、
話し言葉というのはその多くが意味を持たない「時間稼ぎ」「場持たせ」の表現なんだね。
つまり、我々は口で何か話しているうちに頭で次に何を話すかを考えているわけだ。
ところが外国語会話となると、これができない。
日本人はいきなり意味のあることを言おうとして、頭の中であらかじめ文章を組み立てる。
これがいけない。会話が始まっても沈黙の時間が続くことになるからね。
そこでぼくは、英語でもフランス語でも意味の無い「時間稼ぎ」「場持たせ」表現を
最初に暗記することにした。出来るなら状況に応じて10個くらいあると良い。
これを言っておけば、差当たり沈黙をしないで済み、その間に何か考えることが出来るからだからね」

私はコレを聞いてなるほど外国語のプロは、言葉の本質を掴むプロでもあるのかと感心し、
さっそくフランス語の「時間稼ぎ」「場持たせ」表現を暗記することにした。
もっともY君と違って本質的なところで語学的才能に恵まれていなかったせいか、
さして会話は上達しなかったが。とはいえ、会話とは国語、外国語に関わらず、
「時間稼ぎ」「場持たせ」が基本だと言うことはしっかりと記憶に刻み込むことが出来た。

さて、ここで話をいきなり国会で交わされている政治家の質疑応答に転ずる。
というのも、たまに国会中継を聞いていると、そのほとんどが意味を欠く、
「時間稼ぎ」「場持たせ」表現であることに驚くからだ。
意味ある部分だけをつないだら、国会中継など数分で終わってしまうではないか?
そう、枕詞につぐ枕詞、いや全部が枕詞だと言っていい。
この意味では、日本の国会は万葉集の伝統を正しく受け継いでいるのである。


鹿島茂氏のコラムより
(2010年5月12日 日経新聞夕刊 7面より)
# by budweiser_japan | 2011-01-13 18:30 | voice
作家と言うと昔は、税金とか運用とかお金のことに疎いイメージがあったでしょう。
それはある意味で、作家が社会的にエリートだったから。豊かな人ほど疎いという。
今は違いますよね。
作家が一般人化したというか、極端なことを言えば、
頭の良い子は作家は敷居が高いし、その割には儲からないから手を出さない。

7歳の時から、近所の図書館から週に一度4冊借りて、足りない分は本屋さんで
安い文庫本を買って読んでいました。中学・高校・大学もずっと。他にすることが無かったんですよ。
僕はあまり学校にうまくフィットしなかったんで、楽しくなかったし、教育も信用していなかった。
「先生と言っても大したことないじゃん」という生意気な子供だったんですよ。

でも実際に小説を書いたは30代半ば。
あまりに本をあれこれ読みすぎたので、逆に、これは知性、感性、道徳性を
備えたものすごく立派な人しか書いてはいけないものだ、という幻想を抱いてしまったんですね。
デビューして先輩作家に会うようになってからその認識はひっくり返りましたが(笑)。

就職は、きれいさっぱり諦めていました。
ろくに大学に通っていなかったんで、成績もよくなかったし、
組織に組み込まれるのが苦手だったんで、何年もフリーターをしてました。
家庭教師、地下鉄工事、倉庫の作業員など・・・。
実家暮らしで金銭的に余裕はありましたけど、会社に入ってもうまく行かなさそうだから、
自分でお金を作る方法を覚えようと、相場に張る資金を貯めていました。
そして、二年後に就職したときは、年収二年分のお金を貯めていました。投資は上手いんですよ(笑)。

将来は不安でしたけど、アルバイトの中で、社会という地図の中で
自分の位置を見たときに「あっ、そんなに悪くない所にいるんだな。
個人的な能力も無くはないんだな」とだんだんと気が付いてきたんですよ。
「ダイジョウブ。問題ない。やっていける」と。
もともとの自己評価が低かったし、幸せの基準も低かったことがかえって良かったのかも。

他人からどのように見られるかは頭に無かったと思います。
どう評価されても良い。それは今でも変わりません。
作家の中には、自分の本に対する書評は怖くて読めないと言う人もいるけれど、
僕は全然気になりません。
罵倒されても、自分で分かっている以上の欠点を指摘してくる人はまずいないし。


自己実現型の人間によくあるんですけど、他人や外部の世界にあまり関心が
無かったりするんですよね。
他人の評価も気にしない代わりに、他人に厳しい評価もしない。説教もしない。イライラもしない。
教育で人間が変わると思わないし、人間が歴史を通して良くなったとも悪くなったとも思わない。
皆が「あるがまま」に生きて、こういう結果になった。「それがダメかしら?」と。そういう感じです。


就職をしたのは25歳のとき。
突然母が倒れて亡くなった。お葬式から一週間位経って、フッと思ったんです。
ずっとアルバイトのような形で社会を下から見ていたけど、
大体分かったから、今度は組織の中から社会を見てみようと。
それで文章を書くことが特技だと思っていたので、これを仕事にしたらいいだろうと言うことで、
広告会社に入社してコピーライターになった。
コピーライターになったのは「一文字あたりの単価が高いから」(笑)。

そして5・6年働いてフリーランスになったんです。
でもフリーのコピーライターって暇なんですよ。あんまり暇なので、小説を書き始めました。
「そういやぁ、30年近く前に作家になりたいと思ってたなぁ。
文章もずっと何かしらの形で書いてきたなぁ」と思ったんですよ。
小説は書いたこと無かったんですけど、高校から大学にかけて、
日記や読書感想文のようなものを書いていたんです。
最終的には50cmくらいのノートの束になりました。いわゆる自己分析ノートみたいなもの。

最初は「一人称」を使えませんでした。だから自分のことを「彼」と書いていました。
「彼は中野の映画館で**を観た」みたいに。それが何ヶ月か書くうちに、
だんだん自分自身に近づいていく。やがて「彼」が「君」になって、最後に「僕」と書けるようになった。
これは面白い体験でした。

(小説は)自然に書けるようになりましたよ。
日記の形を借りて、自己分析をしていくと、離人症気味だった自分が、
自分自身に戻ってくるような過程が生まれてくるんですよ。
それで自分の悩みが全て解決できるわけではないけれど、
悩みの向きを微妙にずらしたりして、変えていくことは出来る。
逆から光を当てれば大したことじゃない、と気が付いたり、
悩みの原因になっている「恐れ」が分かったり。凄く参考にありました。


なるべく普通にいることがいいんですよ。
みんな自分を出さないまま、モテないと悩んでいるんじゃないですか。
テレビを見ていても「この人、フィットしていないな」って。
そう感じるのは実際の自分よりも良く見せようと力が入っているから。
異性から好かれない人は、「いつも自分を緊張状態に置いて、実際よりも良く見せようとする
浅ましい気持ちがあるんですよ(笑)

<浅ましい気持ちは起こらないのか?>
有るには有るけど、大変なことでもないですから。
自分がどうやって生きるか、五年先、社会の中に自分の場所があるか否かが分からない人にとって、
恋愛は二の次ですよ。今の若い男の子が草食化するのはそこが原因ですよ。

最初の小説を書いた際に、一番近い締め切りが
「日本ホラー小説大賞」だったので、ホラーは好きではないけれど書きました。
でも僕の頭の中では、小説はそう簡単にはモノにならないから、5年10年かけて頑張って、
どこかの編集部にようやくツテが出来るだろう・・・くらいに思っていました。
ところが、何故か最終選考に残ってしまって。
二本目は「朝日新人文学賞」に応募したら、また最終選考に残った。
で、次に応募した文春の「オール読物推理小説新人賞」(1997年)で賞を頂いたんですね。
その小説がシリーズ化されて、テレビドラマにもなる池袋ウェストゲートパークです。

(小説のモチーフは)特に無いんです。
ストーリーの核になる、親子の話や街の若者たちの話はあったんですけれども、
それだけではちょっとパンチがない。もっと今の時代のライブ感を取り入れるには、
どうしたらいいのかと考えているうちに、池袋という土地が浮かんできた。
よく遊んでいた街で、土地勘があったんですね。
そんなにイケでない街だけど、かえって面白いかもしれないなぁって、そんな軽い気持ちでした。
最初はシリーズになるなんて思ってませんから。

<主人公のマコトは様々な悩みを持ち込まれるが?>
僕自身も似てますねぇ。
特に街を見る視点が低いところが。フリーター時代の話ですけれど、
地下鉄の工事現場で働いていて、汗だくで地下から上がっていくと、よく歩道の端っこに
ダンボールを敷いて、ヘルメットを枕にして昼寝していたんですよ。これがすごく気持ちよい。
きれいなOLさんのふくらはぎを眺めていても、向こうは全くこちらを見ない。
透明人間のような感じです。
別世界にいる感じなんですよね。
下から世界を眺めて「ああ、気持ちいいなぁ」と思いつつ、
「明日の相場はどうなるんだろう」ってことも考えている(笑)。
悲壮感はなくて、要は何処から社会を見るかということだと思うんです。
立場以上に高いところから見たって仕様が無い。
社会のシステムにはいろいろ問題があるだろうけど、それも個人の力で全部乗り越えてしまえる。
その勇気があれば大丈夫。そういう僕の思いの断片を、全部「池袋」に投げ込んだんです。


<池袋ウェストゲートパークがシリーズ化するとは考えていましたか?>
我ながら、これえは最初から設定が良く出来ているなぁと思っていましたし、
舞台が決まっているからシリーズ化しても大丈夫だなぁとは思っていました。
脇のキャラクターも良く立っていましたしね。
第十巻で一段落ですけど、いずれ連作か長編になるかは分からないけれども
書いていこうと思っています。
マコトにしても、その親友のタカシにしても年齢は関係ないんですよ。

二人とも大人で、自分の問題は自分でちゃんと処理が出来て、それでいて人と繋がることも出来る。
時代を見る目もぶれない。だから数年経ったという設定で書くのも面白いかもしれませんね。


ヒットしても有名になりたいとかは思わないです。
学生時代から投資をやっていたこともあるんですけど、
もともと「自分はお金に適正があるから大丈夫だ」という思い込みがあったので。
というのも、うちの家族はみんな占いが大好きなんですけど、13歳のときに母親に
「あなたは四柱推命で四七二の星を持って生まれてきている。
七赤は金運と性の星だから、一生困ることは無い。
ただしちょっと傷が付いているから、女性問題では苦労する」って言われたんです。
今振り返ると「四柱推命」って凄いと思います(笑)。

デビューしてからも作家を続けていくことに不安はありませんでした。
村上龍さんが「作家はサッカーの選手と一緒で、自分が
どの位置にいるのか分からないと難しい」と言う趣旨の発言をされているんですけど、
その自分の位置取りが分かってきたんですよね。
読者の関心が目移りすることに対しては、あまり考えないほうがいいと思っているんです。

どこか一箇所、読者に刺さるところがあればいいと。
これが面白い、と心や体で感じたことを書けば良いとしか考えていません。
つまりそれぞれのアンテナやセンスの勝負だと思っています。

<今どんなことを感じるか?>
「日本の青春が終わった」と言うことだと思います。
女も、男も40歳くらいになってからやっと、「ああ、自分の青春は終わってたんだ」と感じるでしょう。
国も同じだと思うんです。
バブルが終わって20年が経過して、ようやく日本人は日本の青春が終わっていたことに気づいた。
となるとこれから日本はどんな形の大人になるんだろう?
それを次の10年から20年で書ければいいなぁと思っています。

連載の数は数えていません(笑)。
本来作家って、社会に対してもっとちゃんとものを言っていた気がするんですよ。
遠藤周作さんもそうだったし、五木寛之さんも野坂昭如さんも。
それをずっと見ていて「作家ってすごいな。面白いんだな」という思いがあったんです。
作家も一種の芸人ですから、声が掛かったらパッと出て行って、一芸を披露してくるのも大事。
世の中って大体逆のことをやっていれば間違いないと思っているんですよ。
芸術家は芸人をやれば良い。芸人は芸術家をやったほうが良い。
それが大人のバランスというものだと思う。

<石田衣良氏のインタビューより>
# by budweiser_japan | 2011-01-11 10:00 | career planning
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